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楚々木集落、渡部浩さんと行う俥座

10月15日~17日。
小楚々木に暮らす現93歳の渡部浩さん宅で、探求の場「俥座」を実施しました。
「俥は人が引く、人力車を意味しており、ヒトがヒトを引き合い、出会ったり、学んだりする場にしていきたいと岩間さんは言います。

今回の記事はその俥座をご紹介する記事ですが、その前にリサーチ「探道」について、
ダイジェスト版で少し触れさせていただきます。

今回のリサーチ「探道」では、前回の楚々木集落訪問にて、獅子頭と共に見せていただいた能面と同じ制作者がつくったという他の面を、関柴町公民館にて見せていただきました。
また、同町のバイク店「鈴木モータース」で店主が趣味で面を制作しているという話を聞き、
お店にて面を見せていただいたほか、制作に関するお話を聞きました。
喜多方市から足を伸ばして三島町にも赴き、面職人の浅見晃司氏に制作の現場を見せていただいたほか、面の材料ともなる桐でタンスをつくっているという「三島町桐タンス工場」を見学しました。

面の制作現場を主に知ることができたよいリサーチとなりました。

記事の以下、楚々木集落で行った俥座について、どんな様子だったかお伝えします。

10月15日の午後から行った俥座は、渡部浩さんと福島県立博物館の学芸員、佐々木長生さん(民俗学専門)を講師にお迎えし、浩さんのご自宅で行いました。
浩さんが若いころの当時の楚々木の暮らしについて、佐々木さんと対談のかたちをとり、より深く当時のお話を聞かせていただきました。

俥座が始まる前に、浩さんが自宅で飼っている烏骨鶏のゆで卵を参加者に振る舞ってくださいました。

「背中骨縦にして歩くなと言われた。」
(※当時は背中に荷をたくさん背負い、直立の背格好では歩けなかったそうです。)

「鉄砲ぶちはやりませんが、勢子(せこ)をやってた。はっほぅおー、ほっほーと言ってた。
(※勢子:狩猟の補助者。鳥獣を駆り出したり、逃げ出すことを防ぎ、射手が野獣を撃ち取るのを補助する役目。 )

会津弁で非常に鮮明に昔のことを語る浩さん。
1時間程、浩さんと佐々木さんのお話に興味深く耳を傾けた後、ご自宅の隣にある蔵の内部を見学させていただきました。

味噌の入った樽、昔の結婚式の引出物、藁で紐を編むことができる機械などが、使用していた当時のまま保存してあります。
浩さんにとっては当たり前に生活の中にあったものが、岩間さんやスタッフ、他の参加者にとっては珍しく、何に使っていたのかも聞かないと分からないものもありました。
そのことの意味を考えつつ、みんな興味津々の様子で見学しました。

裏庭の柿の木から、浩さんは苦もなく棒で実を落とし、参加者に振る舞ってくれました。

俥座から始まった浩さんと佐々木さんとの時間は、小楚々木をふらっと見学した後、和やかに終わりました。

ヒトがヒトを引く俥座。
農や能について参加者の方と学ぶ時間を通じ、今後の楚々木での活動についても、関心をもってご協力いただける方が見つかればいいと、岩間さんとスタッフは願っています。

(喜多方WG 佐川友美)

2014.10.17

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